2014.04.13
燃える命
佐藤賢太郎

昨年1月、頼まれもしないのに自ら講演会を自ら設定しました。それもガンが治ったわけではないのに、ガンが治った講演を。そのために会場の予約を、多く方の協力によって5月に取っていただいた。もしその時治っていなかったら、私はどう責任をとるのだろう。しかし私はそのような心配は一切していなかった。私は治ると確信をしていた。医師が太鼓判を押したわけでもないのに、それどころか医師の見解はその反対であった。 

そしてギリシャに行って彫刻を造る、ガンが治っていない時点では、これもかなりリスクがある。しかしギリシャに行くことによって、かえって以前より元気に帰国するという信念があった。何れも、ある意味では賭けをしているようなものです。今年は冬に大きな壁画を描き、そして「なぜ勉強が必要なのか」というテーマを掲げ、塾主催の集会で講演をしました。これはガンが治った認定後の講演です。だからリスクを冒していないのです。ただしリスクのある経験をしたからこそ、この年になって体験的に学問が必要だと思えるのであります。勿論本業の彫刻の制作やその他の準備もしております。 

「どうしてそんなに動けるの、やる気力がでるの?」とある方から言われます。ある意味では、ガンになったことが引き金かもしれません。つまり、「限られた時間を思えば、信じたことに思い切って生きよう」という意識が強くなったからでしょうか。宇宙的視点からすれば、人間が生きている時間は瞬間にもならないほどです。その間をどう生きるか、無意識のうちにそれを考えていたのでなかろうかと思う。 

つまり、今までの何倍もの時間を使えたことになります。そう思うと、先が見えないギリシャ人との付き合いも面白いものです。ただし、相手が日本人ならば私はおそらく付合わないでしょう。なんの利益にもならない、面白くもない、と切って捨てるでしょう。

そこで神様は、私にこの経験とそのチャンスを与えてくれたのでしょう。だから私は、ガンよありがとうと言えるのです。