2013.03.11
行田市役所訪問に想う2
佐藤賢太郎

3月11日コスモ夢舞台会員有志の関東から森紘一さん、森英夫さん、鈴木隆雄さん、古田浅吉さん、大内冨士枝さん、新潟市から小宮和巳さんそして私の面々が訪問した。そこにフランスで滞在経験のある千葉で農業をしている磨家浩之さんと美濃輪さんが合流した。

はじめに私が行田のさきたま緑道で私の作品がありますと接点で市役所の方に挨拶しましたが私の作品については関心を示さなかった。

さて全員揃ったところで本題になりました。役職は解らないが職員からフランスで何をするのかというなり、行田農家の方は米つくりしたことのある人はいるのか、米つくりをなめてはいけない、そんなに簡単なものでないと言った。生産者であり青森から種もみを購入するやり取りもあった磨家浩之さんが終始技術的な話になり私は蚊帳の外であった。途中磨家浩之さんはこのプロジェクトは文化交流でもあるとのことを言っていた。

技術指導だけなら該当者が行けばいいことであり、私はフランスなどに行く必要はないと思いながら聞いていた。そしてそんなところに欧州文化首都が目的にしてはいないと思うのだが。さらに田んぼに稲で絵を描いたことがアートなのか。私はいつもアートで何ができるかと言っている。絵を描けばなんでもアートという巷の表現がおかしい。田んぼアートは私の目指している里山アート展とは違う。ただフランス今年開催したい田んぼアートは、エキゾチックなところに関心があり日本の真似である。そうでありながら私がこのプロジェクトに参加しようと思ったのはフラン人との人的交流の入り口接点になるならと期待していた。

本日仲間のコスモ夢舞台会員がせっかく来ていただいたので一言聞いていただきたいと相手方に申し上げました。行田市役所の方にアートのもつ力を知っていただきたいと思ったからです。 

アートによって人間関係や地域おこしになっていて自分の生きがいになっているなどと仲間3人が話してくれた。こういう時なぜ私はコスモ夢舞台に参加しているか明確にしていないとそれこそ相手にコスモ夢舞台活動は退職後の癒しに過ぎないとみられよう。だから私たちは常にそうして所をしっかり見つめていかねばならないと思った。

フランスから行田に研修に来るのはもっともだが、このように言っていては人の交流は進まないであろうと思った。

職員とお別れした後部屋を貸していただき磨家浩之さんとコスモ夢舞台会員の話し合いの場を設けた。本日は行田から技術指導はかなわないという結果となったが、コスモ夢舞台会員にはいい経験をしていただいたと思う。農業者でもなく、アーティストでもない有志がフランスの芸術祭とはかかわりのないのによくぞ集まっていただきました。計算しないその人間性に私は支えられてきた。私は当たり前とは思っていない。私との日頃からの信頼関係があってと思う。皆様に心より御礼申し上げます。

いい経験とは何か。コスモ夢舞台会員だけでは得られない外国の方々との交流をコスモ夢舞台に取り入れることは、そう簡単なものではないこと、今回のことを通じて垣間見て頂いたと思うからです。

県庁に勤めていた小宮 和巳さんが「こういうものはトップダウしないと動きませんね」と言っていたが古木修治さんはそんなところに本物は生まれないのでそうした手法をとらないと思う。だからかかわる人間の力がいつも問われるのである。

最後に新幹線で新潟からともにした小宮和巳さんとじっくり話をする時間があった。彼が言うには「退職して趣味や旅行などばかりではとっても苦痛である。これからのあるべき社会を描くコスモ夢舞台、そうした意味でもコスモ夢舞台に参加することによって社会参加を含めた自分の役割がある。佐藤さんのようにしたいが誰でもができるものではない、ハードな面はあるが、共に動いて自分の役割をすることで、夢を共有できることが私にはとても有意義である」と言っていた。