2012.11.25
マサさんの卒寿
森英夫

 平成24年11月25日(土)に佐藤賢太郎さんのお母さん、佐藤マサさんの卒寿のお祝いが豊実、和彩館で行われました。

言い出しっぺの私としても、大変盛会裏に行われとても幸せな気持ちでした。事の発端は、マキ子さんが撮った一枚の写真からでした。

ホームページに掲載されたマサさんの自然な笑顔を見て、いつも私たちが豊実に行った時に出迎えてくれた笑顔そのものでしたので、ついいつもお世話になっているな、ありがとうございますという気持ちと、いつまでもお元気でいてくださいと思った時に、何かお祝いできればなと思い、卒寿のお祝いを思い立った次第です。

本来、身内の方の声掛けで行うお祝い事を、外の私が無理にお願いし、快く受けて頂き、特に大変お忙しいマキ子さんの予定が24日だけしか空いてなく、急遽お祝い事をする段取りなど、マキ子さんのお蔭で素晴らしいお祝いが出来て感謝しています。

佐藤さんが準備した、30歳代の割烹着姿のマサさんの写真や、京都の平安神宮の前で撮った親父さんとのツーショット写真、賢太郎さんの

髪の毛がまだふさふさしている頃、おそらく大学生だった頃の息子と一緒に写っている写真、佐藤さんの作品集ビデオの完成祝いで伊奈の県民活動総合センターでのお祝いの時に撮った、マサさんとマキ子さんのお兄さんとのツーショット写真など、マサさんの今までの歩みを手短に写真で見せてもらい本当におめでとうという気持ちになりました。

祝宴の時、マサさんの弟さん、おいちゃんも米寿の祝いで、姉弟がお二人して祝福されている姿を見て本当に良かったなと思いました。

親戚や身近な人たちだけの宴でしたが、今までにない身内の方との語らいで、より一層おいちゃんや親戚の方と近づけたように感じました。

桐山さんから祝電が届き、巷で有名なおばあちゃん詩人、柴田さんの、嫁、姑、夫婦の内容の詩を読み上げた時は、あまりにもピッタリな詩だったので一同感動しました。

今西さんは、十年後おばあちゃんが白寿の祝いの時には踊り「鶴亀」を舞うと約束されました。いつまでもお元気にいてもらいたいというみんなの願いが一つになった素晴らしいお祝いができたことを感謝しています。

おばあちゃんいつまでもお元気で。