2010.12.18
東京ブロック12月例会から
鈴木隆雄

 16日(木)、大陸から寒気が南下し、師走の寒さが一段と身に染みる今日、EU・ジャパンフェスト日本委員会のレセプションに招待されたNPO法人コスモ夢舞台理事長佐藤さんが上京し、東京ブロック12月例会に出席することになった。

先日、阿賀町豊実でコスモ夢舞台の臨時総会を開いたが、在京の会員が集まる浦和で、例会に併せて第2回臨時総会を開きたいとのことであった。会員15名が集まったのは18時過ぎだったろうか、佐藤さんから挨拶そして今年一年の総括が話された。

「みなさん、今年一年コスモ夢舞台の目指す理想に向かって協力していただき有難うございました。心を一つにした会員の協力があって成し得た一年だったと感謝しています。

味噌作りに始まり、ギリシャのアマリアーダに遺してきた私の作品『融合』を会員の皆さんと見に行きました。そして田んぼ夢舞台祭り、里山アート展、並行してビオトープづくり、最後に埼玉県蓮田市と阿賀町の民間レベルでの防災ツーリズムなどの行事をこなしてきました。

  中でも、8月の猛暑の中での石舞台づくりは、実際に携わった人でないとわからない、限界を超越し

た作業となりました。その石舞台はこれからコスモ夢舞台のシンボルになります。その石舞台の縁取りに、会員ひとり一人の名前を刻んだ石を配置し、モニュメントにしたいと考えています。」

 以下、NPO法人になって地元地域の会員が16名に増え具体的な作業に協力してくれたこと。コスモ夢舞台の共通コンセンサスであるアート、芸能、教育、農、食、ビオトープづくり、地域おこしなどを実践して「感動ある人間交流」を進めてきたこと。企画運営に当たっては自主行動ができる方を中心に進めていくこと。会員のみならずいろいろな総合統括を佐藤さんが責任をもってまとめていくこと。
 
 予算は会費と助成金で成り立っているなか、里山アート展に出展していただく作家の方たちに経費節減のお願いをしなければならないこと。東京ブロック会へ、コスモ夢舞台が発展するため一回々々テーマをもって臨むこと。等々話された。

次に、次年度の計画については、@ビオトープ道づくり。A里山アート展は循環、再生、創造をテーマに、田んぼ夢舞台祭りの継続を大切すする。B作家対応。会員や地元参加型。石畳をアートとして使う。C年次計画の中で田舎と都市を結ぶフォーラムを考えている。が話された。

つづいて、会員からのフリートークとなった。

15年前「ふくろう会」時代、悠悠亭の建設が始まったころ、棟梁は57歳だったよね。から話がはずみ、夫々が我が身をふりかえり考えひとしおの思いの発言が相次いだ。

そして、NPO法人コスモ夢舞台となって、これから「田舎と都市の感動ある人間交流」を進めていくにはどうしたらよいだろうかの話になった。

「和彩館の店主である佐藤さんの奥様マキ子さんが店の切り盛りを一人でこなし大変な思いをしているので、早く手伝いに行きたいがまだ現役である。」「田舎と都市の交流を促進するための一手段として、地場産の特徴ある食べ物をつくる。」「いろいろ考えてはいるが、保存がきくものとして『笹団子』ぐらいだ。」
 
 「阿賀町で小麦粉をつくっていると聞いているが、その小麦粉でピザやパンを焼き、人を呼ぶのはどうか。」「NPO法人新潟奥阿賀ネットワークが地域と連携している体験学習で、中・高生の受け入れを継続し、若者との交流、田舎の良さを知ってもらう活動をつづける。」などいろいろ貴重な発言が相次いだ。

  中でも我が身の健康状態に話が及んで、「癌」を克服した話は“ズシン”と重みのある話であった。「かかった病は自分でつくった病だから、自分で治さなければならない。医師による医療行為を受けることもそうだが、時には自力で克服する意志が病を治すことにつながる。」の話は、ご本人の経験よる迫真に迫る言葉が伝わってきた。

 15年の歳月、あの頃のように若くはないが、夢はまだまだ尽きない、老いて益々盛んである。

話は尽きないが、棟梁の関東一本締めで、NPO法人コスモ夢舞台の一年がしめくくられた。