2012.03.15
健康を考えるを読んで1
大塚秀夫

健康とは肉体だけであらわされるものではない。ホリスティックによればボディ・マ
インド・スピリットの3つが統合されて人として存在しているという。

私は現在、健康である。もちろん忍び寄る老化現象により若いころのように肉体は頑強さからはほど遠くなった。でも、その分、歳とともに精神性はなにか深まってきているに感
じて肉体的な衰えをマイナスとして思考していない。

というのも学生時代には勉強が楽しいとか、わくわくするとか感じたことがありませんでした。大学1年のころラグビー部に入部したら、いきなり大学は勉強するところではない。と洗礼を受けた。学生運動が下火になったとき、「もう大学には用はないとラグビーを止めるのは未練があるが」と退学された先輩(?)とかいて、素直な私は早速実行し、勉強は一切試験のためにはしないときめてしましまった。勉強が試験のための目的がない私は浮遊してしまった。

それでも自然科学特に物理や数学の世界にあこがれは強いものがあった。

数学の教授が紹介された本など真っ先に購入。しかし読まずに積読という方法で
ある。今、あれから40年の時間が経過してから読み始めると退屈極まりない物理や
数学の本が楽しく近代科学の始まりから私に迫ってくるものがある。魂あるいは霊性
というものは生まれながらに持っているもの。その魂が同時発火したように学ぶこと
にわくわくしてくる。霊性を浄化するには感謝をして他者のためにはたらくことが大
切な健康法なのですね。

他者とは私にとって生徒である。授業で生徒に伝えたいもの
がほとばしってくることを感じます。だから、歳とともに足が悪くなっても、私は
健康であると思う。元気一杯です。

いつか佐藤さんから和紙でお手紙を頂いたことがある。そのお手紙には「足が不自由
になっても活躍できる分野がありますから豊実に来てください」と励ましていただい
たことが思い出される。これからも(霊生性)が活発になることで マインド(精神
性)が創造的、生産的になり ボディー(身体性)躍動的、精力的になるよう努めて
いきたいと思います。

絆の相手は人間、動物、植物、自然であっても神、仏の超越存在でもいい。常に相手
のことを思って愛情をささげ感謝をささげる。その相手と強い絆で結ばれていると感
じ続けることが健康維持に不可欠と言われる。

私も実践を通して、納得していきたい。