2017.06.30
講演会を終えて
大塚秀夫

ラグビーのOBが豊実に行きたいと電話を入れるとただの飲み会に来て昔話をするだけなら遠慮する。お互いに不愉快になるだけ。

今の生き方、郷里での活動を知って、来られるなら歓迎するといわれたのです。

 母校での講演会は佐藤さんから頼まれたのではなく私が大学で講演会をやろうと言い出したのです。これはもちろん佐藤さんの日々の生活哲学そして、その行動力で「気」の充実がわかります。

 佐藤さんとは共通なところがあります。二浪したこと、同じ学科であったこと、ラグビー部に所属したこと。そして朝起会で共に学ぶ同志であること

 佐藤さんは工学系の大学出身なのに芸術家。大学教授はそのことが一寸した驚きだと言われる。しかし、よく考えれば共通なものが見出される。それは求道精神でなかろうかと。

大学時代ラグビーに出会い、安定した公立学校の職を捨て、全く先の見えない彫刻の世界に飛び込まれた。郷里の限界集落で徹底的に生活実践を通して問い続ける。佐藤さんにとって、結論や答えを得ることが目的ではない。

佐藤さんが問い続ける問いは人生の価値とは何かという基本的なすべての人間が問わざるを得ない問いであり、生き様ではないだろうか。

生活にアートを取り入れながら、アートのある暮らしを実践されて、多くの方を限界集落に集めて、世界12カ国から外国人が訪れています。

生活倫理をそのまま活かしている自然から学び次から次へと進化させていく馬力に脱帽です。

 このたびの大学での講演会は一般の方、朝起き会の方、コレクター、と佐藤さんの生き方に魅力を感じる方、そしてラグビー部のOBの各年代の方、ラグビー部の現役学生と類まれな多様性のある講演会でありました。

講演会に際し、名誉学長、ならびに学長からご丁寧にお手紙を頂いた。

名誉学長は卒業生で先生と呼ぶのは佐藤賢太郎先生だけであると言われ、芸術家賢太郎先生は落ちこぼれでなく、吹きこぼれだとも言われる。

 今回の特別な講演会。特殊性を越えてあらたな出会いのはじまりの講演会でした。

四角の箱の中に丸いもの、四角のもの、三角のものを一緒にするような特殊性があった。方針を定めても、その通りに事が行くとは限りません。

 よりどころとしていたその努力が崩れ去っていく中で否定的なプロセスは同時に自分の中にとらわれない自由なかつ謙虚にならざるを得ない自分自身の発見のプロセスでもありました。

 始まってしまえば何のわだかまりもなくこの瞬間は過去でも現在でもなく未来でもない。今という瞬間をみんなが笑顔で一つになった講演会でした。

 ラグビー部の先輩は「大塚。おまえは校長や教頭にはなれなかったけれど、こんなことは大塚しか出来ないよ」と言われました。

 これからも私はあらゆることから謙虚に学んでいきたい。


2009.12.