2013.01.14
大般若祈祷会
佐藤賢太郎

1月13日(日)、いわき市で開催される龍雲寺の大般若祈祷会に出席するため、1以メートル雪の積もった自宅を朝7時に出発。母を会津若松の弟に預け、私は家内と一路雪国からいわき市に向かった。

磐越自動車道路を走りいわきに市に近づくと、外国にでも来たように、そこは別世界。太陽が出て、雪がない。その風景を見るだけでも幸せ。開放感一杯になり、天国に来たような気分であった。それだけ、雪の中での生活は大変なのである。 

なぜ、私が龍雲寺に行くことになったのか。それは昨年暮れ、龍雲寺さんから地蔵像の制作依頼をいただき、いずれ現地視察しなければならないと思っていたところ、大般若祈祷会開催の知らせをいただいたからである。

到着してみると、龍雲寺は伝統のある大きな寺であることが分かった。祈祷会に参加する檀家の方は三々五々と集まっていた。ご住職に遠路からのねぎらいをいただき、席に座った。前方で、10数人の婦人方がご詠歌を歌っていた。住職の奥さんが地蔵菩薩ご詠歌の意味を説明してある資料を下さり、これから皆なさまでご詠歌を歌います、聞いてくださいとのことであった。わざわざ私のために準備してくださったのか、奥様の配慮に感心させられた。

そして住職さんから、お地蔵さんを作る作家として紹介され、後に「お地蔵さんの完成を楽しみにしています」と、ご詠歌の方からにこやかに声をかけて頂いた。

地蔵とはあらゆる人々の悩みや苦しみをそのまま受け入れて、人に安らかな心を与え、人々を救い続ける慈悲の菩薩とされています。こんな想いをもって私も制作したいと思いました。 

さて、大般若祈祷会は和尚さん21名、そして住職さんで行われた。こんなに大勢の和尚さんが集うのを見るのは初めてであった。和尚さんには役割があって、それぞれにこなしていた。ここに集まった善男善女皆々様の家内平穏、無病息災、商売繁盛などを住職さんが仏様に祈願していた。般若心経を一斉に唱える光景には感じ入ってしまった。そしてさらにご詠歌も加わり、素晴らしかった。

集った人々がこれにより、不安を払しょくし心穏やかに、希望をもつということになる。つまり、希望のある人生をイメージすることが大切なのである。この世に生きている人間のために、仏の存在は必要なのであると思った。村の集まり、春祭り、歳の神祭りも同じとことである。

少し横道になるが、テレビの評論家風に言う方は、政治、経済なんでも不安をあおり、不安を募らせることばかり言っている。それを得意がって、賢い人間だと思っているとしたら納得できない私である。 

最後にお寺の中を見せて頂き、その素晴らしさに感嘆した。住職と奥さんのセンスの良さを感じた。いただいたお土産一つ一つにも心が行き届いていた。ゆずくず、岩手高田の一本松から作った数珠、お守符の饅頭、カレンダーその他。どれも心がこもっていた。

数珠は被災地の再生プロジェイクト製である。早速、何ほどもできない私は、これを腕につけている。

私の作った地蔵像ができたら、心の安らぎを得るために友を誘って、このお寺に行きたい。今年も素晴らしい人との出会いが始まった。どんなに輝く年になるのだろう。