2007.01.24
奇跡を起こした村の話し

昨年わが人生に新鮮なギリシャでの体験を加えていただきました。そのギリシャに彫刻を設置するという機会を与えていただい方より、タイトル吉岡忍著「奇跡を起こした村の話し」と内山節の「戦争という仕事」2冊の本を送りますので感想を聞かせてくださいと電話がありました。ありがたい事です。まず「奇跡を起こした村の話し」を読んで。

黒川村は過疎で豪雪と出稼ぎの貧困な地域、豊実に似ていた。そのうえ大洪水に見舞われる村、そこに強力で努力家の村長さんがいたことによって村に奇跡が起こった。黒川村の事は新潟県の方なら知っている方が多いようでした。関東にいて知らないと言い訳する私であった。
家内が私より先にその本を一気に読んで感動したようで、行政の方にその話した。するとあれは行政がやった事と、それ以上の話は進まなかったようである。
私は成功した例があるなら、過疎という同じ問題を抱える地域で参考に動かないのだろうと素朴に思ってしまった。聞いてみると、同じ事はやっているが有名になっていないようである。村長について、あれは悪く言えばワンマン、よく言えば個性がある、そんな評価も聞いた。最後に書いてあるようにやっぱりリーダーシップをとる人材がいないと出来ないことだけは確かである。村長さんは寝る間を惜しんで努力をしたと記されていた。その人材があって役場の職員も動かされる。能力あるトップがいれば職員は24時間体制というほど働かなければならない。その反対なら職員は楽である。しかし生きていると言う感動はないと思う。外国に行って苦労された職員の気持ちが解る。それは今財産となっている 

さらにトップは夢をもつ人間でなければならない、黒川村の村長さんは夢に生きる人間であり、次々と夢に向って行動した。実現するために、見えないところでも予算つくりにも人間関係つくりと努力をしていたようである。人を大切にしていたと言う事でもある。そこには人間として総合力がなければならないと思った。
そしてデズニーランドのようなテーマーパークつくりで終わらないような夢でなければならない。その地域の自然環境にあったことをする事、ただ経済活性化を走るような事ではホンモノでない。自然保全があること。そういうグランドデザインがあること。日本が高度成長のときの幸せとは経済が豊かになる事、それを目標に走った。そうした事でなく自然の摂理を外さないような活性化、循環型の取り組み。それには人間が生きる事において高い理想を考えられるようなデザインが必要と思う。村長さんは全てそうであったかどうか知らないが、それにしてもよくやったと思う、若者にやる気を出させ立派であったと思う。わたしには同じ事は到底できるはずもない。行政でもなく、私のスタンスで箱庭の桃源郷を造ることは出来る。それも職員はいないが、よき仲間がいてできることである。給料をださないで動いていただく、それには人間としての夢を燃やし続ける事が大切だと思う。閉塞感の一杯な時代にあって、民間の小さな一歩から自分たちが、作り上げてそれが希望と言う風を吹かせたらそれでいい。しかも経済活動にも少しなることも忘れていない。私は黒川村を見ていなくて実感としてはわからない、一度行ってみようと思う。

追伸として
昨日、柳津の「滝のや」という旅館で寺子屋塾を開いていて今回は、山間地域の活性化という大学の先生の講演を聴いた。成功例、湯布院、黒川温泉その他多く事例を挙げ最後にまとめとして成功する要素を挙げて話しをされた。豊実に当てはまるものでないことも多くあったが、それは全てコスモ夢舞台で取組み、自分たちのやっている事ばかりであった。面白いことに地域おこしなどの学習は一度もしていなかった私なのに、私たちが、考え、行動していた事がそのまま成功事例となっていた。。但し私たちは同じことをしているわけでない。特に有名にもなっていない。人間には悠々とこんな夢をもって生きてみたい、それを実行している。経済効果や、全国マスコミにはまだまだ知られていないが価値あるものとして創り上げてみたい。勿論今の日本で問題なのは教育であることを踏まえてのことでコスモ夢舞台を創りたいと私は思っている。どこまで仲間がこの道楽に付き合ってくれるかである。さらに地元の書家が壁面に書か絵か今年参加していただくことになっていますが、全体構想グランドデザインですね、テーマを決めてくださいと言われた。そこでようやく今後里山アート展のテーマは一貫として「悠然として自然の摂理に学ぶ」と決めました。(佐藤賢太郎)