2009.03.05
日本に向けられたヨーロッパ人の眼13
佐藤賢太郎

   これまで、アンドリューさん、アウツーラスさん、ハンスさんの受け入れや、会話、印象などを記載してまいりました。ここで写真ということに視点を移して少し述べてみます。

彼らは、いずれも日本の新潟県を撮ると言う仕事のために招聘されて来られたプロのカメラマンである。もちろん私は、コスモ夢舞台の発展も含めて、各国の皆さんとの親善交流を願うものです。

 アンドリューさんは、日本人の素顔というところにポイントを置いて写真を撮られたようである。例えば100歳の老人に興味を持たれ朝早くから撮影に入った。お茶会ではお茶を立てている人もさることながら、脇役でいる方の顔が気に入ると写真を撮りたがっていた。彼は、そこに暮らす人々の素顔や家族の表情に惹かれるものがあり、写真を通して人間を見つめてみたいというポリシーがあるのかと感じた。
   前回述べましたが、心根に優しいものを感じました。日本はテクノロジーの国だが、一方では伝統行事のようなものが残っている。アメリカナイズされていながら、その辺が交じり合っている今の日本人の暮らしや日本人の顔に興味があるのではないかと思った。

アルツーラスさんは、食生活をテーマとして来日されたようである。食に大変興味があり、家内の作る料理までも写真に収めていた。そして、日本人のマナーや箸にも関心があった。茶会では汗を流しながら撮影していた。撮影に熱心さが感じられた。温泉に向かう道中風景写真を撮りたいといった。車を止めたのは何の変哲もない丘の斜面であった。雪から枝が出ているというだけの写真も撮っていた。そして日出谷の屋根がいっぱい見える風景を撮っていた。
   いずれにしても、日本人が好んで撮るようなきれいな風景写真ではなかった。そこに彼の哲学のようなものがあるのかと感じた。

 そして3人目のハンスさんは、パチパチと写真を撮るのではなく写真機が大きいということもあってか、自分で歩き回って気に入った対象を見つけてから写真を撮るといったスタイルであった。ここにも、写真家の信念、ポリシーといった個性を感じた。彼の撮ったドイツやアメリカやアフリカといったところの写真を見せていただいたが、およそ日本人の写真家が注目しないようなところであった。
   美しい風景それも人の心をひきつけるものであるが、そうではないところにポイントを置いて切り取ってゆく。私たちが見慣れた阿賀野川をどのように写したのか見たいものである。

 地元の人は慣れすぎて風景の美しさ深さを感じにくくなっていると思う。何十年もふるさとを離れた私は、そこに外国人と同じような新鮮さを毎冬感じている。写真は誰にでも撮れる安易なところがあるが、そこに人生観を重ねて行くとなると、そんなに写真家人口は多くないだろうと思う。

 わずかな時間をかれらとともに過ごしましたが、写真は単なる記録ではなく、写真を通し写真家の人生観というものを投影しようとしているのかと思えた。かれらが撮った写真がどのような写真集になるか今から楽しみである。また、かれらの感想文も興味がある。

 日本は、ヨーロッパ人にはまだ知られていない面が多くある。いずれにしても、この写真プロジェクトによってヨーロッパ人に新潟県の一部でも知っていただくということは大変よいことだと思える。  

これが新潟県の全てだなどとは思わないし、そんなふうに考えることもない。日本人はというと大変語弊があるが、自分と違う手法や視点を持つものを退けようとする心理がどこかにないだろうか。それは農耕民族であるがゆえに、そのような精神になるのであろうか。

しかし、違った考えを入れられるという許容力や逞しさは養いたいものである。違ったものを受け入れる逞しさによって、民族の平和が成り立つのだと思う。国境を越えた文化交流がこの阿賀町豊実からはじまったのである。

蛇足ながら一言。足元を照らしてみると、偉そうに言っても我家はお互いの不寛容によって家族内紛を巻き起しているのが実状である。これは写真になるのだろうか。写真にはしたくないものだ。(笑)

最後に一人でも多くの新潟県民にこのプロジェクトを知っていただきたい。これでよしではなく、まだまだいろいろと努力が必要だと思うが、私はせつにこのプロジェクトの成功を願わずにはいられない。