2009.03.09
日本に向けられたヨーロッパ人の眼14
佐藤賢太郎

3月7日、ドイツ生まれの写真家ハンスさんが新潟のホテルに泊まり関川村の写真を撮り終わって、夕方再度豊実駅に戻ってこられました。
 目的は豊実の風景が気に入ったので、さらに写真を撮りたいとの事のようです。勿論通訳できる鍵丘さんはいません。レンタカーを借りて動こうとしていたので、できるだけ経費を抑えられるように協力をさせていただこうと私の車を使っていただくことにした。

私は英語を自由に使いこなせないし、以前のお2人とは違ってハンスさんも自分から話しかけるタイプではない。いわゆる寡黙な方を相手にうまく会話が成り立つか少し不安もあった。しかも4日泊まりたいとの連絡を受けました。どこに行きたいのか、何を撮りたいのかと、どうしても意思の疎通をはかる必要に迫られた。食事のときなどは、とくにリラックスしていただけるようにとの思いもありました。不自由な言葉の中でも、家内と3人で話し合いながら楽しく食事をする。食べ物のことや家族のことなどを話しながら、そんな中にも笑い声が出てくる夕餉であった。特別にユーモアを考えてということではないが、自然な中から笑がでることは、国境を越えて人間同士の触れ合いなればこそのことだろうと思った。

 さて、彼の写真のことに触れてみます。8日は快晴に恵まれたので、朝食が終ると早速わたしの車で撮影現場に向かった。前日、阿賀町と豊実の手製の地図を見せながら、どこへ行きたいのか聞くと、なんと荒沢に行くと言うのです。
   おにぎりとお茶を渡すと、一日中そこで撮影をしていたようである。夕方5時半頃帰ってこられた。10枚撮ったという。歩いては考え、車で移動し、また歩いてはここの場所に、と写しどころを決めてゆく手法なので時間がかかるわけである。

さて夕食後、家内の希望でハンスさんの写真集を見ることになった。日本の写真集なら到底売れないであろう風景であったが、家内は感動していた。    
   例えば、作りかけの高速道路、あるいは高速道路の橋の下からの写真。空の空間を多くとって地平線を低く収めるコンポジション。そこには人物は一人も入っていない。また、アパートのような

同じ形式の建物があって、一瞬同じ写真を並べたのかと思ったら、実はみんな違う家が並んでいる、という写真があった。勿論、そこにハンスさんの意図があっての作品である。ドイツの橋のデザインも素晴らしいものがある。そしてそれをどのように写すか、そこに作家の創造性が出てくる。普通なら橋を横から写したりするのだが、そうではないところからダイナミックなシンプルさが伝わってくる。 

また、建設中の高速道路や建設中の橋など、あえて完成前の時を選んでいる。作家の姿勢であろう。写真家は日本と同じく、フリーでこのようにして生活してゆくのは大変困難である。まさに売るための写真ではなく、アート作品としての撮影である。和彩館には家内が所望した美しい風景写真が一枚あるが、それとは全然違う視点である。その家内がハンスさんの写真を見てさわやかになったと言う。ハンスさんに素晴らしいと伝えると彼は喜んでサンキューと返してきた。

   その彼が、ドイツではない日本の、それも豊実地区荒沢をどのように作品として撮るのか、それを見るのはとても楽しみである。