2014.02.19
表日本の大雪に思う
佐藤賢太郎

冬期オリンピックと大雪のニュースが連日報道されている。新潟県は雪が降るのは当たり前。ところが、東京や埼玉などに雪が降ると大混乱になり,山梨県などは大変な状態になっている。

 非常事態になって初めて、人間は原点を見直すことになり、お金より水や食料が大切なものと分かる。現代人は便利さを追い、都会だけが人間の棲むところと思われている。雪が降る豊実のような不便なところは、人間の棲むところではないと言う方もいる。

 果たしてそうなのか。私は都会も必要だが、田舎も必要であるとおもう。都会には恐ろしい落とし穴がある。それが大雪のような非常事態である。雪ならまだいいが、地震や津波に襲われたら、そんなことでは済まされない。それも近いと予測されている。だが多くの方は、まだ他人事のように思っている。水、食料、電気、石油が遮断されたらどうしますか? 東京など都会では、宝石などの貴金属は集まっているが、何一つ自給できていない。だからいったんライフラインが止まれば大混乱になるだろう。

 そのことを考えると、極端に言えば我が家ではパソコン以外は何も困らない。飲料水は山から流れる自然水、米は無農薬の素晴らしい玄米を作っている。野菜は畑に、山には山菜がある。肉や魚はいらない。燃料は薪、冬は薪で暖を取る。石油がなくても暮らせます。これでも、人が棲むところではないというのだろうか。あまりにも便利さに慣れきった生活をしているから、そういうのだろう。宇宙から見れば私たちは自然の摂理に生かされている。その自然の摂理に従った食の在り方を考えている。

 地球は生き物、動いている。大陸も動いている。その上、人間によって自然資源は消耗している。津波や大雪になっても驚くことはない、やがて太陽も冷えるのだから。ただ大分先の事である。しかし異変が起きたら、ともかく原点を見直してみることが必要ではないかと、この大雪にしみじみと思う。

 会員の森紘一さんから『里山資本主義』と言う本を借りました。過疎地には財産が一杯あるという視点である。水あり、薪という燃料、山菜すべて財産である。私は読んでいないが、家内は読み進んでいる。いわく、私たちの生活と同じではないかというのである。特に私は同じような行動で、笑ってしまうという。私は過疎地という「なべ底」で遅れた生活をしているとは全然思わない。宇宙を考え、世界に飛び出している。むしろ先進的な生き方をしていると思う。

ところでコスモ夢舞台会員は、そうしたことを考えるとても刺激的なところではないかと思う。そして集まる会員は、常に自己の進化を求め、それを楽しんでもらいたいものである。それには全て感性や創造が必要ある。