2020.9.29
なぜ発想が生まれるのか
佐藤賢太郎

 今朝、私は栗拾いをしました。あたりを見渡し、里山アート展の作品になるものがないかと考える。それも、みんなが里山アート展の作品つくりに来る準備に取りかかるためです。栗を拾いながら思いついたのは、栗の木の枝で作品にすることです。また、テレビ取材が来るので看板作りに挑戦をしてみました。これも訓練です。ヤギが死んで餌草が残りました。これを何とかできないかかんがえ考え、いいアイデアが浮かびました。また、家の前に彫刻を移動しました、剪定も思い切り枝を切り短くしました、その結果、庭は大いに変化しました。 
仕事場に行くと、石を草むらから出すために草刈りをしました。ようやく難儀しましたが出すことができました。それは次の制作する作品材料です。
 10月1日、除幕式で私の車に多くの人を乗せます。私の車の音がいつもと違い、気になり、自動車屋さんに行きました。直したらしたら45万円もかかり、もうだめですというのです。この際思いっき中古の程度の良い車を買う決意をしました。本当に忙しい毎日です。

 こんなこと健康である今しかできないと思います。発想はこうして生まれます。そして今までの体験をもとに、生まれてきます。