2007.12.19
レセプション
森紘一

 「EU・ジャパンフェスト日本委員会のレセプションが、12月18日(火)の夕方6時半から麹町のオフィスで開かれるそうです」。賢太郎さんの第一報は、「古木さんの人的ネットワークの広さを知るだけでも勉強になるし、コスモ夢舞台をPRする絶好の機会になるはずだから、ぜひ参加してほしい」ということだった。
 自らが出席できない無念さが伝わってくる口吻に背中を押されて、英夫さん、大塚さん、御沓さんと誘いあって、地下鉄半蔵門で待ち合わせ会場へ急いだ。師走の風は冷たかったが、何か楽しいことが起こりそうだという予感に心が躍った。              

グラスをスプーンで軽くたたきながら、満面笑顔の事務局長古木修治さんが開幕を告げるころには、いつの間にか40人前後の人々が集まっていた。来年の欧州文化首都リンツ2009(オーストリア)のディレクター氏が紹介され短い挨拶が終わると、あとは出席者同士の自由時間となった。
   縦長のテーブルには、和洋折衷の盛り沢山な料理が所狭しと並べられ、長谷川さん、箱田さんをはじめスタッフの皆さんは、それぞれに飲み物や温かい食べ物を手に人ごみをぬって見事なホスト、ホステスぶりを発揮されていた。
   会場は外国のお客様も多く、それこそEU・ジャパンフェスト日本委員会のご縁で結ばれた老若男女の賑やかで楽しい会合となった。                  
   忘れないうちにと間隙をぬって、来年の里山アート展の図録つくりの参考にと賢太郎さんから託された「空ト風二」の創刊準備号を古木さんにお渡しした。奥会津書房の遠藤さんにご協力いただけることになっているのもありがたいかぎりだ。

豊実の「出版記念パーティ」にお越しいただいたNPO和歌山支援センターのI理事長とも、旧交を温めることができた。       
   この秋、東京で第15回展を開かれたセンツァ フロンティエーレのSさん、Uさん、Hさんには、英夫さんと大塚さん、御沓さん共々、親しみを込めてコスモ夢舞台の里山アート展を語りまくった。何とHさんは、里山アート展に出品参加していたポルトガルのリタさん、イネスさんをご存知で、最近、世田谷で一緒に作品展を開いたということだった。   

古木さんからご紹介いただいたT社の社会貢献推進部のS課長からは、T社の財団の支援助成活動の実態を聞くことができた。「なぜ、やるのか。続けていけるのか?」、我われもまた、コスモ夢舞台に照らして自問自答しなければならない課題である。

我々のコスモ夢舞台に興味をもたれた某劇団の制作チーフという若いN嬢には、大塚さんが賢太郎さんの「ギリシャからの手紙」を読んでくださいと贈呈を約束していた。

横浜の黄金町で、シネマによる町おこしをはじめているという映画館副支配人の若者Aさんには、冬場の映画鑑賞会のイベントを話し、「一度、豊実へ遊びに来てみませんか」と気軽に声をかけてみた。

古木さんは常々、国際交流とは言わずに国際直流を主張する。国と言語を超えて、人とひと、人と文化の交わりは直流回路でなければ結ばれない。考えてみると我われの周辺も、おかげさまで、リトアニア、ギリシャ、ポルトガルとEU圏の人々とのつながりができてきた。EU・ジャパンフェスト日本委員会の直流電撃を受けた我われ「コスモ夢舞台」も、まさにその幸運を感謝しなければならないようだ。

   短い時間ではあったが、2007年のフィナーレを飾る思い出に残る一日となった。
(終)