2005.12.05  
森 紘一
「第2回奥阿賀・里山アート展」始末記

12月3日(土)雪

   新潟から会津若松へむかう磐越西線が津川までくると、鉛色の空から舞い降りる霙混じりの雪は一段と激しくなってきた。あたり一面、銀色の世界だった。早朝、クルマをあきらめたのは正解だったようだ。日出谷を過ぎてしばらく蛇行した列車が豊実駅の手前で大きく右へ曲がると、車窓の風景は一変した。阿賀野川をまたぐ船渡大橋の、いつもよりはよどんだ赤いアーチを背に、見慣れた「里山アート展」の作品群が赤、青、黒、白、黄色と思いおもいのポーズで、まるで雪遊びでもしているかのような楽しい世界が飛び込んできた。
   「里山アート展」の最終日は、まさにフィナーレを飾るにふさわしい、メルヘンチックな夢舞台となった。定刻午前10時45分、銀河鉄道は豊実駅に到着した。


   賢太郎さんとマキ子さん、御沓さんと久美子さんは、「和彩館」で久方ぶりの伊藤末五郎さんたちを囲んで談笑中だった。この天候に、お客様があることはありがたい。「蔵・銀河」を案内する御沓さんのガイドぶりも板についていた。

   午後からの作品撤収には、古山さん、佐藤俊郎さん、伊藤区長にもご協力をいただいた。古山さんの流木作品の一部と渡部さんの塑像作品三点を運び上げて、あとは春まで待とうということになった。それでも、降りしきる雪中の作業はなかなかハードだった。
その後、遅れてしまった「蔵・銀河」入口と「和彩館」出入り口の雪囲いの作業を手伝うことになった。

   夕食の乾杯をしながら、来年のスケジュールと今後の運営方法について話し合いがもたれた。一年をとおして、県内外の来場者をふやすにはどうしたらよいか、テーマとアイディアは尽きなかった。‘ホープくんの故郷へ行こう’といったキャンペーンの推進にまで話は及んだ。

12月4日(曇りのち晴れ)
   早朝5時には家を出たという渡辺美紀さんが、おそらくはところどころ凍てついた雪道を、4WDを馳せて9時前に現れた。“「蔵・銀河」をどうしても見たくて”、の一言が嬉しかった。
   マキ子さんの全快を祝うバラの花束も温かかった。

   平塚小枝さんが「和彩館」を飾った作品を引き取りに見えたのは昼前だった。
「里山アート展」の今後の取り組みについて、貴重なご意見をいただいた。確かに、地元の小、中学生を対象に‘課外授業’を開催し、その作品を「和彩館ぎゃらりー」に展示するのは、地元との接点を広げる意味で良い方法のようだ。

   昼下がり、会津若松行きを待つ豊実駅ホームに、賢太郎さんをはじめ皆さんの見送りをい
ただいた。日差しはあるものの寒風のなか、恐縮至極だった。(終)