2007.08.21
国際交流1−4

ユーモアについて

 私はユーモアがある人だとは日本では余り言われていない。しかし今回ポルトガルの女性たちと共に制作する中で賢太郎はユーモアがあると言っている。外国人はユーモアが好きらしい。

関西の友人の一人がお前は東北人なので真面目すぎて関西人のような冗談を介さないと学生時代以来言われていた。シリアスな事があっても関西人は真面目に言いたがらないという。それからすると変ったものだ。もっとも彼女たちも日本の若い人はシャイであり心をなかなか開かないと感じているようである。

 私は話しを面白くしようと考え、努力しているわけでない。自然に話している中でユーモアさを感じるようだ。ただ仕事ばかりでなく時に川に連れて行ったりする。そうすると素晴らしいと喜ぶ。反応がとっても早い。日本人はストレートに心を話さない。人種の生でしょうか。

ところで言葉がわからないのにどうしてユーモアがかんじるのでしょうか。言葉がわからないからこそ、そこに面白さがあります。

 先日こんなことがあった。石膏付けをしていた。ポルトガルと日本ではその方法が違うらしい。そんななかで私のやり方を見ておいて、とこうしてとへらの動かし方を見せる。そのことを簡単な英語で彼女に言う。Look at me.ともちろんLook at this. と言うところなのに間違ってしまった。

彼女は解っていながら、わざと石膏付けを見ないで私の顔に近づいてLook at me.と言って笑った一場面があった。もちろん私が計算して言ったわけでない。高校のとき覚えた英語の単語が少しずつ思い出すことがあるがみんな忘れてしまっている。単語がわかれば何とか伝わるものである。しかし単語が全然違うとおかしくなってしまう。

ユーモアになるのはもちろんリタさんの性格によるものだろう。そこで助けられる。あなたたちはいい性格をしている。だから親切になれるとも私は言う。もちろん嬉しそうに、ありがとうと言葉を返してくる。彼女は色白だが祖先がインドとアフリカ北部モロッコなどの血が流れていることを感じる、だから陽気なのだろうか。一方顔かたちからイネスさんは静かで日本人のようなしとやかさもありフランス人の祖先の血を感じる。(佐藤賢太郎)